活動のご案内



『Jepun Sari(ジュプンサリ)』さんのイベント
Jepun Di Warung(ジュプン・デ・ワルン)のお知らせ

●日時 :4月11日(火)11時〜21時

●場所: Jepun Sari & RUANG
     米子市彦名町18-5

お店のホームページ。
  ↓
Jepun sari &RUANG さん

ないちゃーれきおーず、19時からの夜LIVEに出していただく予定です♫

プロフィール

panyni

Author:panyni
山陰、鳥取県に生息。

ねこばす氏属するオールディーズバンド『ロスレガリートス』が、音楽祭に出演できなかった代わりに、ジモティーのねこばす氏が、唄三線デビューを企む。
しかし、小心者であるためピン出演には勇気が足りず、カホンをミスタ・ハルサー氏に、また、一時ロスレガリートスで共に活動し、今はてーげーなんくるないさーずサポート・メンバーの海月を、中国箏奏者にでっちあげ、仲間に引き入れることに。
かくして『ないちゃーれきおーず』は結成した。

しかし、結成直後に、ねこばす氏のご尊父急死により、いったん中断。

以後、もともとの企画とは路線は変わったが、ねこばす氏と海月は紆余曲折しながら、ゆるゆると新曲を増やしつつある。

いつか三人でないちゃーれきおーずが完全に始動する日を、なんとなーく目論んでおるわけであります。

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  ないちゃーれきおーず 
  ねこばす氏&海月
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めんそーりよー

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老化。

ここ数年、目が痛いなあと感じることが増えてまいりましてね。


吸血鬼みたいに日光がめちゃめちゃ滲みたり、
読書や裁縫の意欲もなくなって。

CDの小冊子なんか、わざわざドラッグストアに拡大コピーに行っちゃうもんね!


なにより、原状回復工事やっていて、仕上げが見えづらくて自信がないってのが困りますですね。


携帯やパソコンモニターやLED照明のブルーライトが、紫外線に似ていて目に悪いっていうから、
冷凍しているブルーベリーを毎日つまもうかなと思っておりましたら、

先日、ねこばす氏が花回廊で眼鏡を落として割っちゃったので、
買い替えるのに着いてって、

海月も一緒に買っちゃいました。


ブルーライトカットコートの眼鏡。

ブルーライトカットコート

眼鏡、慣れないと、低い鼻に重たく感じますにゃ。


併用で、冷凍ブルベリも、お酒に漬けてみました。

ホワイトリカー買ってないから、義母が栗の渋皮煮作るときに使うブランデーを横領。

ブルーベリーぎっしり

ブルーベリー酒

うーん。
アントシアニンたっぷりですっごい効きそうだけど、
そんなに飲めないなあ。

見た目おいしそ

炭酸割り

炭酸で割ってみたり、ヨーグルトドリンクでカクテルにしたり、
果実はバニラアイスに入れてブランデーアイス風にしてみたりと、
あれこれ楽しんでおるところでございます。


ねこばす氏、眼鏡屋さんで視力測定してもらって、
「オレ、老眼になって視力が上がっちゃったよー。今度の免許更新も、(眼鏡等)の条件は付かないよ!」と自慢(笑)


ははは。
そりゃよかったじゃーん。






愛知県のブリーダーさんのコーギーちゃん誘拐事件の拡散希望です。

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2頭のコーギーちゃんを探していらっしゃるビーチママさんのblogはこちら→今日もビーチ晴れ


詳しい内容とおっきなポスターはこちらのblogさんへ。→咲いた 咲いた


どうぞ、ご協力よろしくお願い致します。



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懐かしい日々は帰らず。 友人との別れ。

海月、短大時代は、一年目は学生寮での生活でした。

二年目は、寮の仲良しグループで、
同じ下宿屋さんでの共同生活。


卒業してからは、離ればなれだから、
お互いの結婚式に呼ばれあったりしながら、
次第に、年賀状のやりとりくらいに落ち着いちゃってましたが。


その、寮でのルームメイト、いくまクンが亡くなりました。


中性的な魅力にあふれていて、同室になったのが嬉しいやらハズカシイやらだった一年間。

専攻も部活も一緒。


下宿に移ってからは、一人一部屋だったし、
棟が違ったから
ケータイもない時代、
四六時中 顔を見る関係ではなくなったけど。


24日朝、島根県松江市に住む田中クンから、
泣きながらの連絡いただいて…


「わたしも新聞のお悔やみ欄で知ったんだけど。
いくまクンが亡くなられて、
昨日告別式でした。

8年前からガンであちこちに転移。
最後には足の骨も侵され、歩けなかったと…」


わたしたちの記憶には、
永遠に、笑顔のままのいくまクンが残ることになりました。


久々に連絡が取れた、仲良しの谷口クンも、
ご主人が9月に亡くなっていたと聞き

海月、Wショックで凹みにへこむ。


いくまクン、結婚28年目。


自分の家庭を持つと、
どうしても、独身や夫婦だけの友人と比べて、
子育てに追われる友人とは、離れがちです。


当然だ。
悩み事の内容が違ってくるからね。

いつも忙しそうで、会う計画も、立ち消えになっちゃう…。


でも、あの日々を忘れたことはないよ。


よく、停電ごっこしました。

入寮初日から、段ボール箱をちゃぶ台に、
ローソクとフレーク缶と乾パンで夕食。


マチュピチュのでっかいポスターを壁に貼って、
探検家気分に浸る。


寮の屋上の洗濯物干場で天体観測しながら、
カップラーメンを啜る。


短大の裏の山で光ってるものの正体(アンテナでした)を解明しに、おにぎりを持って、山中へ向かう。

なんだ。車が通れる道があるじゃん。
帰りはくたくたでしたが。


野草を摘んで食べたり、
短大の長い坂道を歩いて下って、
駅前のスーパーに『お徳用こわれ煎』買いに行ったり。


…お洒落な思い出が、全然ないなあ(笑)。


3月26日。

友人六人が集まって、
島根県大田市のいくまクンのおうちにお別れに伺いました。


ぢいが死んじゃって、パソコンも壊れて、
バックアップデータはたくさん残してくれてたけど、扱い方がわかんないから
お葬式名簿以外の連絡先は、ほぼ壊滅。

かろうじて連絡が取れた5名の仲間たち。


20日に亡くなられたそうで、
26日は、丁度、初七日。


結婚して28年。

ご自宅には、ご主人と次女ちゃんがおられて、
たくさんお話し聞けました。


辛い治療、願掛け、民間療法。

あらゆる手を尽くして家族とともに生きた、
壮絶な闘病の八年間。


三朝の温泉に療養に通ってて、偶然、旅館の女将さんが短大の同級生だったとか。
いくまクン、それがきっかけで、みんなに会いたがってたらしい。


手紙を書こうとしてたけど、点滴で手がパンパンでなかなか書けなくて、
間に合わなかったと。


今年の年賀状には、かならず書き添えてある一言がなかったから、
気になってました。

だけど、海月、電話は苦手でかけられない(涙)


木村クンが短大の名簿を持ってるって言ってたから、
おいおい連絡が回るでしょう。


ご主人に、また来てねって言ってもらった。


5月7日が四十九日だそうですよ。

浄土真宗は、告別式の日に納骨も済ませるんですね。

修行なしで即得往生できるのに、七日法要や四十九日はあるなんて、
不思議な気がしますが。


もう痛みもない、幸福な世界に行ったのですね。


さみしさのショックとバタバタで、軽くダウンしている海月。
ゴロンと寝ながら写真眺めてます。

卒業。


素晴らしいあのころ。
学生時代。



ひとりでできるもん。

行きつけのスーパー『ラムー』が、改装オープンしました。


いつもにぎわっているから、ひとりではなかなか行けなかったけど、
レジのシステムが変わったそうで、
練習がてら、海月ひとりで、ヨーグルト買いに行ってみました。


店内の陳列もがらりと変わっていて、
慣れるのには、ちょっと時間がかかりそう。



お菓子やパスタの量り売りコーナーがある。
わーい。

でも、グラム、200円。
高ーい。


せっかく来たから試しに買っちゃった。

チラガー(面皮)と。

チラガーグミ

沖縄のドン・キホーテで見つけたことのある、戦闘機。

ひこーき


レジに並んで、店員さんに商品をレジ打ちしてもらったあと、
となりの支払い機の前に行って、音声に従って代金を投入します。


おおっ。凄いハイテクシステムだ!
こりゃいいや!

レシートもお釣りも、自分のペースで受け取れるのです。


海月は、指先が利きにくいから、


まず、お札を先に渡される
  ↓
続いて、レシートやサービス券の上にコインを載せて渡される
  ↓
ドキドキしながら財布に入れるのに、必ずコインをするっとこぼす
  ↓
またやっちまった。ワタワタオタオタ


のパターンだから、

品物を受け取ってから、台の上によいしょよいしょと運び
一旦、全部置いて、一つずつ整理するのですが、
この支払い機なら、
自分の好きな順番で受け取れる。


24時間営業だから、深夜なら一人でも大丈夫だ!


…あ。

ってことは、深夜までアルコール禁ってことですね。


…健康にも良くて、文句なしの、
なんて画期的なシステムなんだ!(笑)

祖母の命日に。

バレンタインデーは、海月の祖母の命日でありんす。


仏教であれば、そろそろ33回忌ってあたりですかにゃ?

玉串奉納


雨なので、おばばに虹が掛かるように、お花を七色買いましたー

7色


命日恒例、祖母が好きだったカレーを作ってお供え。

おばば食べてね


ハハ、巻き寿司以外にもこんなん作ってて、感心しました。
四角いお寿司。


ちりめんじゃこと白菜古漬けを入れる。
たくあんと、納豆も入れる。

漬物と  納豆と 


酢飯かぶせて、海苔で畳む。

ゴハンかぶせて ラップで包む


じゃん!
ずっしりこ。


4段重ね

これ、ラップにくるんでしんなりさせるとすごく食べやすい。

ランチパックってサンドイッチあるでしょ。
あれの海苔巻き版です。

おにぎらーずが、沖縄のポーク玉子おにぎりに良く似てるけど、
あれの寿司飯版です。


孫代表で、兄の分の玉串奉納。

そして、海月の分。

兄のぶん わたしの分

兄ちゃん、証拠写真だよーん。


お花も、このままお墓に持ってって、拝んだらまた持って帰って祖霊殿へ。


このあたり、アバウトでいいやね。


お下がりをいただきながら、訃報を聞いた。

ハハ 「一昨日、ミーがうちで死んだに」

海月 「は?」


ハハは、どの猫さんも勝手に名前を付け、
しかもどの子もおんなじ名前で呼び、
さらに、呼び方がどんどん変わるから、
どのヒトの話題なのか、さっぱりわからない。


なーう

このヒトのことでした。

ご近所の猫屋敷の猫さん。


他の猫たちに苛められるんで、一時、海月実家の車庫に住んでいた。


ハハが可愛いがるあまり、ハーネスなんかつけやがったもんで、
それ以来あまり寄り付かなくなったが、
元々のおうちに段ボール別室を作ってもらってから、すっかり自宅に馴染み、
寂しくなったハハが、会いに出掛けたりしていたんだけど。

その猫さんが死んじゃったのです。


夜、ハハが車で帰ると、
巨大な猫さんが、我が家の車庫で四つ足を立てて息絶えていた。

ハハ、目が悪いから、知った猫さんだと思わず、翌朝、警察に相談。


引き取りに来てもらう約束をし、
敷地内では受け取れないとのことで、
ヨイショヨイショと箱に入れて
ハンカチとビニールシートをかけて歩道まで出したとき、

ふと、猫屋敷さんに聞いてみようと思いついた。


確認に来られた猫屋敷さん、「あっちゃ。家の子だわ!
先生に可愛がってもらっとったけん、
車にはねられて、先生に助けてもらいたくて、
最期に会いに来たんだがん」


ハハ、びっくり。
「えーっ?あのミーちゃんだかね?」


遺体がトラのように大きく見えたそうで、
目が悪いハハは、「見かけん子だ」と思い込んでいたらしい。


そのやりとりの最中に、引き取りの車がやってきたが、
猫屋敷さんが「うちで埋葬します」と大事に抱いて帰られた。


ハハ 「良かったわー。数十秒の差で、引き渡してしまうところだったわ。
うちまで辿り着いてくれて良かった。」


原っぱや松林で、カラスさんや野の生き物のゴハンになるなら仕方ないけど、
飼い主さん、心配してずっと探されるだろうし、
まだきれいな姿のうちに、家族に会うことができました。


にゃー ゴロゴロ


ハハは「いいお別れができた」と喜んでたけど、
ねこばす氏に報告したら、
ねこばす氏、大ショック。


 「…食欲ない。お肉、食べれない…


ペット可物件に住んでいながら、トービーラー(ゴキブリちゃん)も殺せないねこばす氏。

明日には立ち直っているかな?

枕元ライブ。

昨日、帰りに赤猪岩神社にお礼の参拝に行った。

初めて神主さんがおられるところに遭遇したので、少し会話。
「そりゃ、よう頑張られましたなあ」


闘病記、もっと長期戦になる可能性に期待していたけど、残念です。


お母さんが市内の病院に移るか、容態が落ち着いたら、出雲の日御碕(ひのみさき)神社にもお参りしたかったんだけど。


日御碕神社の奥の石段の上の小さな祠に、お稲荷さんが祀られているんです。

心の拠り所

こちらのお稲荷さん、なんだかとてもやさしくて、なんでも相談したい、離れたくない気持ちになるのです。


そして、ぢいの事故の時には知らなかったんだけど、

地鎮祭のお清めとして使う「お砂」が霊験あらたかだそうで、

「交通事故で医師から見放された友人に塗り付けたところ
一命を取り留めて、全快された」
との説明の立て看板をみつけたのです。

寝たきりの方の枕元に置いたり、
身体に痛みがある人は、毎日患部をお砂で撫でるとよいそうです。


分けていただけないか、1日も早く、お稲荷さんに相談したいと思っていました。

ぢいの事故の時に、どんなにか欲しかったことでしょう。


一夜明けて1月14日。

お母さん、救命処置のせいもあってか、口元からの出血が続いています。

納棺の時に、きれいなままでおられるといいけれど。


三線を届けたくて、ちょうどお母さんのおうちに向かおうとしていたら、ねこばす氏から連絡がありました。

みなさんの送迎用に普通車が必要になるから、車を取りに戻って冬用タイヤに交換するとのこと。

交換したタイヤを、海月のあおこぐるまに積んで、一緒に向かうことになりました。


ぼたん雪の冬景色。

お母さんもおんなじくらいきれいで、ぼたん雪を頬にのせても溶けないくらい、冷たくなっておられました。


趣味の書が飾ってあります。

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留守番がねこばす氏だけになったので、お母さんの枕元で三線を聞いていただきました。


「海ぬちんぼーら~赤山」
「ひやみかち節」
「ふなやれ」
「豊年のあやぐ」


豊年のあやぐで弦が切れた。

急いで張り替えたけど、ねこばす氏の唄はキーが高すぎて、弦がもたない。


「来夏世」
「涙そうそう」


お客様が来られたから、ゲリラライブ終了。


お母さんの船出を、『ふなやれ(出航)』で讃えることができた。

お母さんが笑顔で横たわっておられる。


この曲を大事にしてきて、本当に良かった。
いちばん捧げたい人の枕元で、聞いていただくことができた。


口元から滲み出る血をスポイトで吸う。

さっきまでの笑顔がなくなっちゃったな。


納棺が17時。
お通夜が18時。

道が凍結するから、海月は早めに失礼する。


…さすがに、帰り道で仮眠しました。

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